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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)9号 判決 1987年5月26日

控訴人(原告) オリエンタルモーター株式会社

被控訴人(被告) 中央労働委員会

参加人 総評全国金属労働組合茨城地方本部オリエンタル土浦分会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が中労委昭和五三年(不再)第一号不当労働行為再審査申立事件について昭和五四年一二月一九日付でした命令を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次の主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  分会の実体は、支部の下部組織としての単なる職場組織にすぎない。したがつて、

(1) 分会の組織活動は全面的に上部機構たる支部の統制に服するものであり、分会の団体交渉の申入れは、実質上職場交渉の申入れであるから、組合の明示又は黙示の指示に反することができず、また、支部が職場事項を吸い上げ、交渉する段階にあるときには、同一事項について重ねて分会が交渉の申入れをすることはできないものであり、本件組合事務所設置の問題については、控訴人と支部との間において長期間の交渉が行われ、貸借につき一応の合意がなされたこともあるのであるから、分会が団体交渉の申入れをすることはできないというべきである。

(2) 職場交渉事項は、当該職場限りの労働条件に関する事項に限定されるところ、組合事務所の設置は、控訴人にとつては設備計画の一環として行われるもので、予算とも関連する全社的な問題であり、組合側にとつても、土浦事業所の組合事務所を実際に使用するのは支部であつて、支部組合全体の問題であるから、控訴人と支部とがこれについての団体交渉の主体となるべきものである。

(3) 実際上も、分会の執行委員の内の二名は、支部の執行委員を兼務し、控訴人と支部との団体交渉にも出席して、発言し交渉しており、しかも、分会の組合員数は現在右執行委員二名を含め五名程度にすぎず、支部と分会との関係は常に緊密一体であつて、控訴人と支部との団体交渉において、分会の意思は十分に反映されてきたものである。

以上のとおり、分会の本件団体交渉の申入れは、その権利を欠くか又は権利の濫用というべきものである。

(二)  控訴人は、支部との間に、現在に至るまで団体交渉を継続し、交渉ルールを作り上げ、それなりの交渉の実績を重ね、労働関係秩序を形成してきた。そして、土浦事業所における組合事務所設置問題については、控訴人と支部との間で十分に団体交渉を重ねたが、結局話合いがつかず決裂となつたものであり、これについて、支部との関係で独立の労働組合とはいえない分会が、団体交渉の申入れをして、控訴人と支部との労働関係秩序の中に入り込むことは、正常な労使関係を乱すもととなるのであつて、権利の濫用である。

(三)  (1) 控訴人は、裁判所の緊急命令に従い、昭和五七年三月一八日、分会との間で、組合事務所貸与の問題についての団体交渉を行つた。その席上、まず、控訴人側は、分会事務所貸与に関する控訴人の回答書を読み上げ、この団体交渉が実質的には支部との間で行つてきた団体交渉の継続であり、組合事務所貸与問題は従来支部との交渉の中で十分話合いがなされた結果白紙還元になつていること、会社側としては、社屋のスペースが業務上も不足し、事業所建物の拡張計画を検討中で、敷地にも余裕がないこと、組合事務所の貸与は組合活動に対する便宜供与に属するものであるから、組合が自主的に解決されたいこととの考えを表明した。これに対し、分会側は、昭和五〇年五月に控訴人と支部との間で組合事務所の貸与が約束され、その場所と広さとがきまつていないだけであり、したがつて、場所と広さについてのみ分会と交渉すべきであると主張し、双方の主張は平行線のままで話合いは決裂した。控訴人が組合事務所を貸与できない理由については、控訴人と支部との交渉において十分に説明し、分会組合員も承知していたことであり、控訴人がこれを変更する意思も可能性もない以上、場所と広さとの交渉に応ずることは全く無意味であつた。

(2) 控訴人と分会とは、昭和六一年七月四日、分会の組合事務所問題について団体交渉を行つた。右交渉において、まず控訴人側が回答書を読み上げたが、分会側は、本来の議題とは無関係な、土浦事業所の窓口の問題(同事業所所長を交渉の窓口とすること)、控訴人発行文書の名義人の問題(支部の役員は了承ずみの事項)等を持ち出し、本来の議題についての交渉の進行を妨げ、そのため、同日も、本来の議題に入ることができずに、団体交渉は終了した。それまで、分会は、数年間一〇回にわたり控訴人に団体交渉を申入れながら、いざ団体交渉が開始されると、解決ずみであるか、あるいは全くの言掛かりとしか思えない些細な事項を持ち出してこれに固執し、本来の議題に入ろうとしないのが実情であり、これは、分会自身が組合事務所問題についての結論が出ていることを承知の上で、行き掛かり上、裁判のための形式体裁をとり繕う目的でしていることであり、これ以上の団体交渉が無意味であることを自ら肯定しているものといえる。

2  控訴人の右主張に対する参加人の反論

(一)(1)  分会は、分会自体の規約と、執行機関、代表者、議決機関を有し、自ら意思決定を行い、独自の予算を有し、独自の活動を行つているものであり、労働委員会においても、労組法二条、五条二項所定の要件を充足しているものと認められて、資格審査決定を得ているのであるから、社団たる実体を有することは明らかであり、したがつて、独自の団体交渉権を有することにも疑問の余地はない。労働組合が上下関係を有しつつ重畳的にそれぞれ独立した組織として存在することは、法制上も認められていることである。

(2)  分会は、右のような実体を有するものであつて、単なる職場組織であるとはいえないばかりでなく、支部は、土浦事業所の組合事務所の件についての団体交渉を明示的に分会に委ねており、右の件が分会の交渉の対象となるべき職場限りの事項であることは明らかである(職場限りの問題であるか否かは、使用者側の事情によつてではなく、職場交渉を認めると上部組合の団体交渉権が侵害されることにならないか否かによつてきまることである。)。したがつて、分会の団体交渉の申入れを控訴人が拒否する正当な理由はない。

(二)  控訴人は、昭和五〇年五月一五日、同年六月一〇日及び同年七月二四日に支部との間に行つた団体交渉において、土浦の組合事務所の件についても触れたが、その後は僅かな回数の形式的な団体交渉を行つたのみであつて、控訴人主張のような労働関係秩序が形成されていたものとは到底いえない。他方、支部は、同年七月二四日の団体交渉において、具体的事項についての交渉を分会に委ねる方針を控訴人に伝えていたのであるから、分会の団体交渉申入れが労使関係を乱すということもあり得ない。

(三)(1)  昭和五七年三月一八日の団体交渉は、控訴人が、緊急命令が発せられた後も、分会の度重なる団体交渉の申入れを拒否し続けた上、裁判所の和解期日における強い要請によつて漸く開催に応じたものであるが、右交渉の席上、控訴人側は、用意した回答書を読み上げ、支部との団体交渉において組合事務所の問題は白紙還元となつた旨及び現在組合事務所貸与の意思は全くない旨を告げ、それ以上に具体的な話合いもなく交渉を打ち切つたもので、これが形式的な団体交渉にすぎなかつたことは明らかである。

(2)  その後も控訴人は分会の団体交渉申入れを拒否するばかりか、土浦事業所所長は、分会の団体交渉申入れ書の受領を拒み、あるいはいつたん受領した申入れ書を突き返すなどして、組合以外の文書についてしているのと同様に文書を本社へ取次ぐことすら拒む態度に出ていた。そして、昭和六一年七月四日に漸く行われた控訴人と分会との団体交渉においても、最初に、控訴人側が、組合事務所は貸与しない旨の文書を読み上げ、その理由等は何ら説明しようとせず、次いで、分会が文書受取の件、回答書等の作成名義人の問題、控訴人側の団体交渉メンバーの問題等を提起したが(これらの交渉ルールに属する事項については、事前に窓口折衝が行われていないため、団体交渉にあたつてこれを持ち出すことは、当然のことである。)、これについては控訴人側は何ら応答をせず、僅か一三分間で退席して、団体交渉を終了させた。したがつて、控訴人が団体交渉の義務を尽くしていないことは明らかである。

三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所も、本件命令に違法はなく、その取消を求める本訴請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  (原判決の訂正等)

(一)  原判決一二枚目裏三行目の「参加人との」から同七行目の「間では」までを「原審における証人福島伸夫の証言(第一回)から真正に成立したものと認められる甲第一一ないし第一三号証、同第一五ないし第一七号証、同第一九ないし第二一号証、」と改め、同八行目の「甲第二号証」の次に「同第三号証の一」を加え、同九行目の「同第二一号証」から同一一行目の「二〇号」までを「弁論の全趣旨から原本の存在及び成立の認められる甲第二九号」と改める。

(二)  同一三枚目表一行目の「証人酒井清」の前に「原審」を加え、同二行目の「証人福島伸夫」から同四行目の「同大池良三」までを「原審及び当審証人福島伸夫(原審は第一、二回)、同大池良三、原審証人酒井清、当審証人張替信也の各証言(ただし、右証人福島伸夫、同大池良三、同張替信也」と改める。

(三)  同一五枚目裏八行目の「事務所折衝」を「事務折衝」と改める。

(四)  同一六枚目裏九行目の「二月二三日」を「二月二四日」と改め、同行の「三月五日」の次に「(ただし、同日付申入れの議題は『労使間懸案事項』)」を加える。

(五)  同一七枚目裏四行目の「同年五月一一日」を「同年五月六日」と改め、同五行目の「申し入れ」を「申し入れて、同月一一日団体交渉を行い」と改める。

(六)  同一八枚目表六行目の「通知をした。」の次に「もつとも分会がその名称を総評全国金属労働組合千葉地方本部オリエンタル支部土浦分会から総評全国金属労働組合茨城地方本部オリエンタル土浦分会と変更した旨控訴人に正式に通知したのは昭和五一年一〇月四日付文書によるものであつた。」を加え、同七行目の「分会は、」の次に「支部との連名で、」を加え、同行の「同年」を「昭和五〇年」と改め、同八行目の「『組合事務所の件について』」を「土浦事業所の従業員を最も近い事業所に配置転換すること」と改める。

(七)  同二〇枚目裏八行目の「反する」の次に「前掲」を加え、同行から同九行目にかけての「(第一回)」を削り、同行の「同大池良三」の次に「及び同張替信也」を加える。

(八)  同二一枚目裏四行目の「分会自体」から同五行目の「なかつたこと」までを「分会の客観的行動自体も必ずしも支部から独立した組織体のそれであることが明確でなかつたこと」と改める。

(九)  同二二枚目表八行目の「支部からある程度独立した」を「支部とは別個独立の」と改める。

2  (当審における主張に対する判断の付加)

(一)  控訴人は、分会の実体が単なる職場組織であることを理由に、分会の団体交渉権を争い、又は、その要求を権利濫用であると主張する。しかし、右に引用した原判決の認定事実によれば、分会は、支部の下部組織ではあるが、事業所を単位とする別個独立の労働組合であり、支部が、事業所単位の問題については事業所ごとの交渉に委ねる旨を控訴人側に明らかにした後、従来の控訴人と支部との交渉で進展を見ていなかつた本件の議題について、分会が団体交渉を申入れたものであつて、もとより分会の要求内容が従前の支部の要求と矛盾するものとは認められず、分会が支部の統制に反すると疑うべき事情も全く存在しなかつたものである。そして、支部及び分会側が、土浦事業所における分会組合事務所の件を同事業所単位の問題として提起しているのであり、控訴人側にとつて予算等の面で全社的な影響があることであつても、その点の理解を求めることをも含めて、分会の組合事務所を設置し得るか否かについて、分会との間で具体的、実質的な交渉をする意義は十分にあつたと考えられる。したがつて、本件議題について分会に団体交渉権があることは否定しがたいとともに、分会の本件団体交渉申入れが、控訴人を徒らに混乱に陥れるもので権利の濫用であると認めることもできず、控訴人の右主張は理由がない。

(二)  控訴人は、本件団体交渉の申入れが、控訴人と支部との間に形成された労働関係秩序を乱すものである旨主張するが、そもそも支部との間に正常な労使関係が形成されていたといえるか否かが疑問であるばかりでなく、右(一)に判断したとおり、分会の要求が支部の要求と矛盾したり、労使関係を混乱させるものであつたとは認められないから、右主張は理由がない。

(三)  控訴人は、昭和五七年三月一八日及び同六一年七月四日に団体交渉を行つたが、分会側の態度のために交渉が打切られた旨を主張し、これは、本件命令の違法性判断の基準時である本件命令発令の日より後の事実であるが、右基準時において分会の団体交渉申入れが権利の濫用であつたこと又は控訴人に不当労働行為意思がなかつたことを推認させる事情として、主張しているものと解される。

(1) 成立に争いのない甲第二三号証、前掲甲第二九号証、丙第五九号証、同第六三号証、同第六九ないし第七一号証、原審及び当審証人福島伸夫(原審は第二回)、同大池良三、原審証人酒井清並びに当審証人張替信也の各証言によれば、控訴人は、昭和五七年一月二〇日付緊急命令を受けた後、「決定に基づく仮団交であるから、会社勝訴の場合は、遡つてなかつたものとなる」旨を文書で表明したうえで、同年三月一八日の団体交渉に臨み、その席上、控訴人側は、組合事務所については、控訴人と支部との交渉で白紙還元になつており、控訴人としては組合事務所を貸与する意思はないとの趣旨の回答書を読み上げ、以後その趣旨を繰り返すのみで、途中五分間の休憩を含め四五分間で交渉を終えたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(2) 原本の存在及び成立に争いのない丙第一七二ないし第一八三号証、当審における証人福島伸夫の証言から真正に成立したものと認められる甲第五九号証、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる丙第一八五号証、当審における証人大池良三及び同福島伸夫の各証言によれば、右(1)の団体交渉の後、分会の再三の要求にかかわらず団体交渉は行われないで四年余を経過したが、昭和六一年七月四日、漸く組合事務所の件を議題とする控訴人と分会との団体交渉が行われたこと、その席上、控訴人側は、前回と同様、組合事務所を貸与する意思は全くない旨の回答書を読み上げたのみであり、これに対し、分会側は、交渉窓口の問題、すなわち、分会が土浦事業所所長に会社宛文書を交付することを認めるべきであるとの問題、そのほか、会社側文書の名義人の問題、会社側の団体交渉担当者の問題等を持ち出したが、控訴人は、これらについては本日の議題に関係がないとして協議を拒み、そのため組合事務所の件については全く話合いがなく、僅か一三分間で交渉が打切られたこと、ところで、右の交渉窓口の問題は、当日予定された議題ではなかつたが、当時、分会と控訴人との間では団体交渉に先立つ事務折衝等は全く行われていず、分会の控訴人宛要求書等の文書を土浦事業所所長に交付しようとしても受領を拒絶されるといつた状態が続いていたため、分会が団体交渉に関連しこれに先立つ問題として右の窓口の件を持ち出す理由があつたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

以上の認定によれば、右の交渉窓口の問題等を分会が持ち出したことが単なる言い掛りであつて、分会に真摯な交渉の意思がなかつたと認められるものではなく、また、右二回の団体交渉によつて控訴人が誠実に団体交渉応諾義務を尽くしたと認め得ないことも明らかであつて、右二回の団体交渉が行われた事実は、不当労働行為の認定を些かも妨げ得ないものというほかはない。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用(参加に関する費用を含む。)の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高野耕一 野田宏 成田喜達)

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